こんにちは
超!癒し系!?ストリート・フォークシンガー
(南^_^南) 「みなみ」です。
「STREET」
ストリートミュージシャン情報ホームページ
を作った経緯(いきさつ)
「STREET」は、
開設当初、ストリートミュージシャン情報として
福岡で活動するストリートミュージシャンをすべて紹介することを目標に
このHPを作成しました
私の個人的な趣味で作ったホームページです。
一番の目的はストリートミュージシャンが盛り上がること!
田舎のストリートミュージシャン
私が路上演奏を始めた頃は、「流し」と呼ばれていました。
お店や屋台で飛び込みで演奏してお金をもらうのです。
そんな飛び込みをするだけの度胸の無かった私は
ぎたーケースを広げて路上で演奏することにしました。
路上で、歌や芸で「投げ銭」をしてもらい生計をたてるというのは
私が生まれるずっと前からあったことです。
琵琶法師みたいに時代劇でも出てくるくらいですから(^^)
「誰が最初に路上をしたか?」なんてわかるはずがありません。
1980年前後「長渕剛」さんがギター1本で唄っていたのにあこがれて
私もギター1本で路上に挑みました。
ところが悲しいことに、その頃の路上ミュージシャンは立場は低く、乞食同然の扱い・・・
路上2日目には、「ここで唄うな!」といきなりギターを壊されてしまいました。
その当時はストリートミュージシャンというのは全然歓迎されない存在だったんですね。
その時からです
「ストリートミュージシャンが当たり前の存在だったら良かったのに」と思ったのは。
同じ屋外でも公園や広場でのミュージシャンはいたんですけどね。
ストリートミュージシャンブーム
それからかなり年数が経ち、
私が描いていた路上ミュージシャンとはちょっと違いますが
ストリートミュージシャンブームがやってきました。
大きな波が2つ。
1つ目は、
1992年4月「尾崎豊」さんが他界したときは
TVでも取り上げられるほど、「尾崎豊」さんを熱愛する人たちがたくさんストリートで唄っていました。
一人でアコギ1本で熱く弾き語る、そんなスタイルでした。
静かなブームでした。
2つ目は、
1999年ごろ「ゆず」が路上から有名になった時には路上スタイルが急変
第2の「ゆず」を目指してギターを弾き始めたばかりの若者が急増しました。
2、3人組で、友達を引き連れてタンバリンをたたきながら楽しく唄う・・・
仲間がいれば怖くない?
「ゆず」を唄えば人が集まる。
ところが、これが大変お行儀が悪い・・・
おまけに、こんなストリートミュージシャンがなぜかもて始めたのです(^^;)
こうなると後続がどんどん出てきます。
もちろんギターテクニックも抜群な天才的ストリートミュージシャンもいました。
同じタンバリンでも扱い方が違うとこんなに違うのかという素晴らしい人もいました。
STREET作成準備
私も目立たないように人知れずひっそりと路上ミュージシャンをしていましたが
いきなりすぐ横で歌い出す迷惑なストリートミュージシャンや
かなり上手なストリートミュージシャンの出現に誰なのか知りたくなりました。
ストリートミュージシャンが急激に増え始めた1999年ごろから準備を始めました。
私の路上活動はしばらくお休みにして、
西鉄福岡天神駅周辺、JR博多駅周辺、中洲、博多ベイサイドプレイス、他で
ストリートミュージシャン情報を収集して回りました。
2000年頃までは大半が携帯電話を持ってませんでしたし、
ストリートミュージシャンのホームページもほとんどありませんでした。
メールもインターネットもまだあまり普及してない時期でしたので
原チャリで走り回って情報収集するしかなかったのです。
とりあえずその時期現れたストリートミュージシャンすべてを紹介しようと頑張りました。
そして、ストリートミュージシャンのライブ
「STREET BOX」を企画してました。
放送局に番組企画の話を持ちかけたこともあったのですが
私のレベルでは却下されてしまいました
今ではストリートミュージシャンを取り上げた内容の番組いろいろあります・・(^^;)
私の考えているのとはちょっと?違いますけどね。
「STREET」がストリートミュージシャン情報ホームページとして有名になり
イベント企画も絶好調になった2001年春ごろ、
どうしても仕事を手伝って欲しいと言われて、
すべてのイベントを打ち切り、急きょ福岡を離れることになりました。
路上復活!
2004年春、仕事を辞めて福岡に戻ってきました。
ところが、なんと、私は殺されたことになっていました。
じゃなくて、
路上活動できる時間や場所がかなり制限されていました。
JR博多駅では23:00以降、西鉄福岡天神駅コンコースでは22:00以降
(現在の西鉄福岡天神駅コンコース内は路上演奏ができなくなってます)
まあ当然と言えば当然の話です。
ストリートミュージシャンが盛り上がったのは良かったのですが・・・
夜中まで大声で唄い?叫び?騒ぎ?
座り込んで帰宅途中の歩行者の進路妨害になったり
煙草の吸い殻や切れたギターの弦、空き缶、中途半端に飲み食いしたゴミを散らしたまま帰るような
そんな迷惑なストリートミュージシャンやファンの人たちがたくさんいました。
注意をしても「うるせ〜」と素直に言うことをきかないストリートミュージシャンやファンの人たちもいて
駅員さんやご近所の住民、歩行者から反感をかってしまった結果だと思います。
ストリートライブではなく騒音?
天神のコンコース内で朝方まであんなに近くでたくさんの人が別々の歌を大声で唄えば、
ちょっと離れたところから聞くと音楽では無くかなりの騒音でした。
唄っている人たちはあれで気持ちよく唄っていたのでしょうか?
聴いている人たちも果たしてまともに聞こえていたのか・・・
残念なことに、一般の人たちからは
「ストリートミュージシャンはマナーが悪い」と見られるようになってしまいました。
しかし、
真面目なストリートミュージシャンもたくさんいます。
一部の心ないストリートミュージシャンのために、
ストリートミュージシャンとは全然関係ない人がゴミを散らしていても
ストリートミュージシャンのせいにされてしまうのです。
ストリートミュージシャン支援
そこで、上手であり真面目なストリートミュージシャンのためにも
演奏場所を確保するため
ストリートミュージシャンを支援するサイトとして
しばらく、いろんなところでイベント企画をしていました。
活動内容をご覧ください
この時期、私自身も独学ではありますが音響設備等の勉強と
いろんな経験をさせていただきました。
今では自前の簡易音響で生活できるのではと思いましたが
仕事のあてがないので無理のようです(^^;)
私も音楽学校でいろいろと学びたかったです。
プロへの道を目指している方へ
実力が有り容姿端麗で良い人格を備えたグループなら、
有る程度名が売れるところまでは応援しますが、
「私が関与すること」がその後の活動の妨げになるといけませんので
私が手伝えるのはここまで!?です。
どうしてもの時にはまたご相談ください。
ストリートミュージシャンが消えた?
新たなストリートミュージシャンを探さなきゃと思っていたところ
あんなに賑やかだった?ストリートミュージシャンたちはどこへ消えてしまったのか?
ほとんど姿が見あたらなくなってしまいました。
寒くなったからでしょうか?
時間や場所の制限を受けた影響でしょうか?
ストリートミュージシャンに飽きちゃったのでしょうか?
それとももうすでに有名になってテレビやラジオに出演したりしてるのでしょうか?
それとも・・・
体力の限界!?
生活の限界!?
今でも新たなストリートミュージシャンが現れているみたいですが、
私の体の無理が利かなくなってきたのと
私自身の生活が苦しくなり、他のストリートミュージシャンどころではなくなりました。
私も昔の貧乏路上ミュージシャンに戻ります。
多分、通りがかりの人たちからは、
路上に楽器を持って存在するだけで、
「マナーの悪いストリートミュージシャン」として
白い目で見られているのかもしれません。
でも、ご近所の人たちとは仲良くさせていただいております。
今はみなさんからの情報が重要です。
気候が良くなると新たなストリートミュージシャンも現れているみたいです。
時々はイベントすることもあると思いますので
みなさんからのストリートミュージシャンの情報をお待ちいたしております。
当時ストリートミュージシャンが流行ったお陰で
STREETは伝説のストリートミュージシャン情報ホームページとなりましたが
これからは自分自身が伝説になるように頑張りたいと思っております。
と言うわけで
「STREET」です
私も時々みんなの写真を見てますが、いろんなことが思い出されます。
もう当時の面影はないのでしょうけど、
たまには近況報告でもいいですから連絡くださいね!
それでは「STREET」をどうぞ!
最終更新日 : 2008/06/29
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